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人生に絶望している人へ


想像してみましょう。
もし、この世のすべての人が聖人君子であったら?
気味がわるいと思いませんか?

人間というものは、どこかゆがんでいるものです。
どこがゆがんでいるかは、人それぞれ違う。
異なる個性の集まりが世の中であり、自然の姿だと思います。

もし、あなたが
じぶんに絶望しているのならば、
この世に絶望しているのならば、

じぶんに完全を求めていませんか?
この世に完全を求めていませんか?

でもね
人間は、ゆがんでいるのが自然なのです。
この世はゆがんでいるのが自然なのです。

いや、むしろ
人間は、ゆがんでいなければならないのです。
この世はゆがんでいなければならないのです。

だから
じぶんに絶望なんかしなくていいのです。
この世に絶望なんかしなくていいのです。

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こんばんは(^^)

ケインさん、実は最近私もぼんやりそんな感じの事を考えたりしていました(v_v)
期待と執着心が私の心をひどく悩ましているかなぁってσ(・_・ )
完全な人間なんてホントに気持ち悪いし(笑)
なんか、そう考えたら少し心が楽になれるのです(^-^;
だからって父親の事を許すって心境にはなりませんけど(笑)
もう二度とあんな絶望的な思いはしたくないです(ノ_・。)

フミさんへ

うん、完全じゃなくていいんです。
ゆがんでいることを認めてあげましょう。
そしてまた、自分自身があまりにも大きくゆがみ過ぎてもよくありません。
だから「自分が大きくゆがみ過ぎたときに、自分でゆがみを感知して修正すること」が大事です。
いずれ記事にしようと思っているのですが、「悩みとは、期待と現実の溝」だと思います。
そのギャップに悩む。だからギャップを無くすようにあまり執着しないように心がけることは仏教をはじめ、よく言われますし、一つの答えだと私も思います。
ただし、本当に執着心をなくしきるなんて人間としてできるのか?人間らしさを失わないのか?という疑問も私は抱いています。
だれもが執着心を消し去ることができるとはかぎりませんし、執着心を消し去れない自分を嫌悪するという新たな悩みを生むこともありうるのかと思います。
そこで、どんな姿でもいいんだという、自分を含めたさまざまな形を認めることで、悩みに対処していく答えもあると思っています。
色々書きましたが、大切なことは「自分を知る、自分の状態をみつめる」ことであり、それを継続していくことだと思います。

早速お返事ありがとうございます(^^)

悩みとは期待と現実の溝、ホントにそうなのでしょうね(v_v)
またケインさんのおかげで心が楽になれました(^^)v
時々ちょっとばかり歪み過ぎる私ですけど、やばい!って感じたらケインさんの言葉を何度も思い出して何とか修正しています(^^;
もう私なんてその繰り返しですけど(笑)
でも、継続していけば大きな歪みを防ぐ事ができるかもしれません(v_v)
ケインさん、いつも素晴らしい記事ありがとうございます(^-^)/
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ケイン

Author:ケイン
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