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不幸や苦しみから逃れたい人へ

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テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体

自分の境遇を恨みたくなったとき

なぜ恨みたくなるかというと、自分の境遇が望まないものであり、耐え難いものだからである。

そして、わずかながらでも、無意識に、他人の境遇と自分の境遇を比較し、
そこに不幸の自分が浮かび上がり、自分の境遇の不遇さを、より深めてしまいがちです。

他人との比較。
それは「横の比較」。

そうではなく、「縦の比較」をしてみませんか。
縦とは、時間軸のことを言います。

自分自身について、タテの比較をする。
過去の自分に比べて、今は境遇に対して耐性がついてきた、少しは落ち着いた。
そう思えるなら、わずかながらでも変化した自分をほめてあげましょう。
苦しいなか、よくぞ、「何とかならないだろうか」、と思い、今日まで生きてきた。

なぜそれがわかるかというと、それは、あなたがこのページにたどり着いたから。
だからこそ、この文章を読んでいただけているわけです。

もう一つは、もっと長い悠久の時の時間軸。
文明のない時代、文明はあっても混乱の世に自分が生まれていれば、生きることすらままならない。
飢えや寒さという生命の危険にさらされていないだけでも、今の自分は有利な状態である、
もちろん境遇に恵まれてはいないけれど。

横の比較は、何も生まないし、不幸の始まりとも言える。
だから、縦の比較をし、自分自身が時の中を前向きに進んでいくことに目を向けてみてはどうでしょうか。


幸せになりたい人へ(人生を最適化してはいけない)

仕事においては、限られた時間と資源で最高の結果が得られるよう、業務効率を最適化することが求められる。
また、仕事以外で自分の目標がある人は、その達成のために最適化することは悪いことではない。
けれど、何か目標があるもの以外で、つまり自分の生きていく日常などにおいて、それを最適化しようとは思わないほうがよい。

それはなぜか?

それは、生きていくことは何かを達成するという目標があるわけじゃないからだ。
よく、生きる希望を見失った、目標がわからなくなった。
そのような相談を受けます。
けれどね、希望や目標がなくても、人は生きていけるし、生きていく資格が十分ある、そう思うのです。

具体的にどうしたらよいか。
人が好きな人は、人との触れ合いに生きる楽しみを見つけましょう。
人がそれほど好きじゃない人は、自分の好きな事に楽しみを見つけましょう。
それは、大きな事でなく、ほんのささいな、小さなことでいいのです。
大きい、小さいなんてどうでもよく、見つけて感じられればいいのです。

そして、それを育み愛でるのです。
それを決して最適化などとしようとせず、むしろ非効率なままにしておき、無駄と思うことも気にしないようにしましょう。
「生きていく幸せ」というものは、そのような時のなかに感じられるものなのです。

仕事に、自分の目標にまい進するのはいいことですが、自分の日常まで最適化してしまうと、気が付いたら不幸になっていた、そんなパターンに陥ります。
くれぐれも、気を付けるべきでしょう。

雑記14(好きなものに接しよう)

自分がしていることで「これは好きなことだな」というものがあったら、それを大切にしましょう。

生きていくうえで、好きなものをできるだけ相手にすることは、とてもいいことです。

逆に、嫌いだからというのは、それはそれで立派な理由です。
好みは、その人の生き方そのものでもあるのです。
無用なストレスを避ける意味でも、好きなことを大切にしましょう。

けれど、生きていくうえで、したくないことも、しなければならないと思います。
だからこそ、生きていくうえで、自分の好きなことも育む必要があるのです。


※ 雑記は、一定期間経過したらブログ末尾に移動します

2013-10-14

不幸になる3つの原因

不幸には3つの原因がある。

1 感情
2 無知
3 不運

1の感情は、マイナスの感情です。
 欲
 おごり
 うらみ
 妬み
 怒り
 軽べつ

 ただし、怒りや軽べつが自分に向けられているときは、決して悲観しないでください。
 そのような人は、人の痛みがわかる人です。
 そのような方は、必ずやいつか幸せになれます。

2は人の気持ちや状況を「知ること無き」ことを言います。

3は避けようもない不運なこと

1と2は、自分で避けられる不幸の原因です。

避けられる不幸は、避けましょう。

そのためには、1と2を回避すればよいのです。

では、どうしたらいいのか?

1の感情は、自分を知ること

2の無知は、他人を知ること

です。

これがヒントです。

このページにたどり着いてくれた「あなた」なら、このヒントから、少しずつ出口が見えてくると思います。

いかがでしょうか。

人が最初から正しい道を歩めない訳

地図で川をじっくり眺めたことがありますか?
実は、天然の川というものは、すべて蛇行して、曲がりくねっています。
曲がりすぎたら反対方向に曲がり、そして、行き着く方向に向かっていく。

人間も川と同じ、自然界に存在するものです。
だから、川と同じように、最初から直線的にゴールを目指せないのです。

失敗を繰り返し、悩んでは立ち止まり、苦しむ。
時には道をはずして曲がってしまう。

けれど、それは川が曲がっているのと同様、実は自然な姿なのです。
大切なことは、曲がりながらも、少しずつ軌道修正して、進むべき方向に向かうことなのです。

悩んでいる人、苦しいと感じている人は、悩むもの必要なプロセスであり、そこから道を探していけばいい。
そう思ってほしいのです。

最初から、直線的に目的地にたどり着ける人は、誰もいないのです。

どんな悩みからも抜け出ることはできる

人には眠っている「ある能力」があります。
それは、平穏な日々では決して現れないものです。

それが現れるのはどんなときだろうか。


それは、生きていくことがつらく困難に感じるほどの大きな悩みや危機に遭遇したときです。


だから今、悩んでいる人、大きな悩みであればあるほど、そこから脱却するための能力が目覚めるのです。

そう、ある能力とは、脱却するための能力。
それがどんな能力かは言葉で表現できない。
だが、確実に存在する。

しなければならないことは何か?

それは、その力を信じることです。
そうすれば、どんなどん底からでも、人は立ち直ることができます。

立ち直り方には、いろいろありますが、少なくともこのホームページで当初に書き記した
「悩みには賞味期限がある」
という意味合いでの脱却の仕方は必ず可能です。

それが気休めでなはく、真実だという証拠は、あなたがココに存在していることです。
過去の記事にも書きましたが、あなたの祖先が何十万人にもわたり生存の危機を乗り越えたからこそ、あなたがココに存在しているのです。(想像してみましょう。安定した現代社会以前のことですから、祖先が乗り越えてきた危機は、生きるか死ぬかの危機だったはずです。)

それは、奇跡的なバトンリレーであり、あなたが命を大切にしなければならない根拠でもあります。
生きのびてきたものは、生きられなかった者のためにも、命を大切にしなければなりません。

あなたの祖先は、このように、過去に秘めた能力を使い危機を乗り越えたから、今のあなたが生きながらえてそこに存在しているのです。

だから、今のピンチもきっと乗り越えられるはずです。
そう信じること。そこから始まります。

そう信じられれば、必ず、悩みから脱却できます。
そう信じてみませんか。

逃れられない悩み、苦しみがある人へ

例えば、仕事が多いのは苦しい
しかし、仕事はやればいつか終わる
または、職を辞すれば逃れられる

だが、あなたの苦しみは違う。
何かをしたからといって抜けられない、闇の底のような悩みだ。
出口がわからない、先が見えない苦しみ。

しかし、悩みや苦しみというのは、あなたの心の中で起きていることです。
悩みや苦しみが、肉体的にあなたを攻撃しない。
もし、あなたが心を痛めているとしたら、それはあなたの心自身が痛みを感じているからなのです。

つまり、あなたの心のあり方を少しずつ変えていけば、悩みから脱出する余地があるということなのです。

世界がどのように見えるかは、自分次第なのです。
だから、苦しみや悩みから、脱出することは可能です。

もう一度言います。
抜け出ることは「可能」なのです。
ですから、どうかあきらめないでください。
あきらめさえ、しなければ、悩みから抜け出る境地にたどりつくことは、十分可能です。

このホームページの最大のテーマが、「逃れられない苦しみからの脱出」です。
今後も、そのことについて書き記していきたいと考えています。

理不尽な出来事への心がまえ

例えばウサギがライオンに食べられてしまうように、
生き物は理不尽な出来事から逃げることはできない。

理不尽なことが年に何回か起きることを、あらかじめ想定しておく。
生きるための必要経費のように、ダメージを見込んで覚悟しておく。

避けられないことを避けようと、労力を費やすのではなく、
起きてから対処すればよいと、心の準備をするほうがよい。

欠点をなくしたい人へ

欠点は、なくさなくていい。

欠点は、なくすものではなく、自分の支配下に置きコントロールすべきものである。

欠点は、あなた自身を形成する一部である。

無理に欠点をなくせば、あなたがあなたでなくなるかもしれません。

ですから欠点は、欠点を認め、ただ見つめるだけでよいのです。

見つめて意識すれば、あとはどうしたらいいか見えてくる。

このページにたどり着いたあなたなら、それができる。

そして穏やかな海のような安定した心を獲得できる。

心のリズムを取り戻す方法

心の調子が悪いとき。
何か悩んでいるとき。

そんなときは、じっとしているのも一つの選択だけど、
人によっては、体を動かす選択でうまくいく人もいる。

体から心のリズムを作る。
手と足を動かしてみよう。

スポーツ、散歩、掃除、体操、仕事をいっぱいする・・など。
自分に合うことで体を動かすことなら、どんなことでもいい。

過去の記事で書きましたが、心と体は一体なのではないでしょうか。
そうであるなら体のリズムから心が落ち着いてくるかもしれません。

今、苦しい人へ 「どうか未来のチャンスを信じて」

ある野球指導論によると、野球の試合は1回から9回までの間にチャンスが3回ぐらいあるいう。
つまりそのチャンスを生かせるかどうかが勝負を分けると。
私自身も、子供に野球を教えています。
試合を振り返ってみると、不思議なことに、ほとんどの試合がそうである。

同様に、人生もちゃんと「チャンス」がめぐってくる。

失敗例は2つ。
1 チャンスをチャンスだと気が付かず見過ごしてしまう。
2 チャンスと気づいても、積極的に行動しない。
この2つです。

今、逆境にいるあなた。
苦しみから、逃れられないと感じているあなた。

どうか、未来にはきっとチャンスがあると信じてください。

そして、それを見のがさないようにしてください。
野球と違い、人生のチャンスは見えにくいのです。

チャンスとみたら、それに向かって行動する勇気を持ってください。

人付き合いが苦手な人へ(その4)

あなたの目の前に9人の人がいる。
そのうち3人ぐらいは、あなたが気が合いそうだなと思える人がいたとする。
しかし、その3人のうち、相手があなたと気が合いそうだと思うのは、同じ3分の1の割合、つまり1人ぐらいである。(気が合う、普通、気が合わない、が同じ割合とする)

このように、9人に1人ぐらいしか、気が合う者どうしになれない。

実際は、気が合うかどうかを確認しあえる機会も得られないことが多い。
だから、9人に1人どころか、何十人に1人ぐらいであろう。


人付き合いが苦手な人へ。
実際は、誰とでも気が合うことのは難しいのです。
いや、逆に、何十人に一人だけ、気が合う人がみつかれば、それで十分なのです。

苦しくて逃げたい、休みたい人へ

苦しいとき。
まるで、水のなかでおぼれているかのように、もがけば、もがくほど、苦しくなっていくことがある。
しかし、じっと動きをとめて、水に身をゆだねれば、水面に浮き息をすることができる。

このように、じっとしているという選択は、実はひとつの正解だったりする。

今、苦しいと思う人。
苦しくて、するのをやめたい。
苦しくて、現状から逃げたい。
そう思う人へ。

やる気がでないときは何もしないでよい。
することをやめたのではなく「休むことを選択した」と考えればよい。

また何かから逃げてもよい。
これも「逃げる道を選択した」と考えればよい。

それを誰かが逃避だと言っても、聞き流せばよい。
「自分から選択した休み」
「自分から選択した逃げ」
というものは、未来がある。

苦しい人は、自分がそれを選択したんだと、どうか思って欲しい。
休んでも、逃げてもいい。
たった一つ
「自ら選択した」
こう、前向きに視点を変えることをしてほしい
そう考えることで、新たな道が開けてくる。

人生よいことばかりが続かないように、悪いこともそんなに続かない。
だから、そのような気持ちでいれば、いつか必ずいいことがある。
このように、前向きな考えに変えてしまいましょう。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

失敗や後悔を繰り返さないためには?

人が失敗するのはどんなときか?

それは「欲」や「マイナスの感情」に流されたときだ。
失敗した、と思っても、人はまた失敗を繰り返してしまう。
失敗し、後悔し、悩みながら生きていく姿は、ある意味人間らしいけれど、苦しいことにはかわりありません。

では、どうしたいいのか?

穏やかで落ち着いた心を持ちましょう。

そうすれば、苦しみが減っていきます。

穏やかの心を持つためには、『人付き合いが苦手な人へ(その2)』で書いたように、穏やかな人と付き合うことが、一つの方法です。

災いの根源

ファッションセンスが違っていても、激しく争うことはない。
けれど、価値観やモノの考え方が違っていると、人は争う。

ここに人が起こす災いの根源を探るヒントがある。

価値観やモノの考えというのは、「自分」中心に考えるものである。
価値観というのは、好みという領域を超え、自分そのものである。
人は、自分がからんだときに、冷静に物事を見れなくなる。

だから、価値観が人それぞれということを忘れがちになり、
自分の価値観というモノサシで相手を測り、それが災いとなる。

ではどうしたらいいか。
価値観というものを、ファッションと同じ、好みと考えるよう意識することだ。
それが、災いを減らし、自分の苦しみも減らしてくれます。

悩みを小さくする方法

悩み事は台風に似ている

スピードの速い台風は被害が少ない。

台風がその場所に長くいると降雨量が増えるのと同じように、
悩みも立ち止まって考えすぎていると、悩みが心に沈殿する。

悩む時間は少なめにして、悩み以外のことに目を向けてみる。
そうすることで、一日が早く過ぎていき、悩みが沈殿しなくなる。

感情のコントロール(その2)

【マイナスの感情をコントロールしたい人へ】

怒り、不安、憎悪、強欲、嫉妬、軽蔑などマイナスの感情。
これら、自分の心のなかからわき出てくるのものを、決して無理に消そうと思ってはいけない。

これらを無くすのではなく、自分の中に残しておいて手なずける。
まるでペットのように、それらの感情を生き物として飼ってあげる感覚がよい。

例えば怒りなら「怒りくん」と名前をつけてみる。
怒りの感情が芽生えたとき、自分の中で飼っているペット「怒りくん」が吠えているという目で自分を見つめてみましょう。

ちなみに、喜び、笑い、慈しみなどプラスの感情は、いきすぎない限り、特にコントロールする必要はありません。

マイナスの感情は、人生を悪い方向に導きます。
マイナスの感情をコントロールできれば、人生もいい方向に変わっていきます。

悩みや苦難の向こう側に本当の幸せがある

この世の苦難とは、人が幸せになるためにある。
だから、悩み、苦しいことに出会ってしまったら、実はそれは幸せになる『チャンス』なのである。
もちろん、悩んでいるときには、そんな心の余裕なんてないであろう。
でも、それを知って欲しい、信じてほしい。

幸せにもレベルがある。
1 ただ満たされていて幸せ
2 日常でまだ苦労や不自由があるけど、心から思える幸せ
さて、どちらが幸せ感が、より強いであろうか?

2 のほうが強いのではないだろうか。

しかし2の「心から思える幸せ」にたどり着くためには悩みや苦難がなければたどり着けない。
だから、悩みに出会ったときは、2の境地にたどり着ける『チャンス』なのです。

人生のどん底と感じる人へ

もうダメだ。
もう終わりだ。

そう思ったあなた。
それが、なかなか手にできない「真実の玉」に手を触れた瞬間だ。

皮膚を切り裂くような苦しみ。
胸がはりさけそうな悲しみや不安。

まるで海の底のように息苦しく光が届かない世界だとあなたが感じたなら。
それは、海の底にある「真実の玉」に触れた瞬間だ。

大丈夫、あなたは気が付かないかもれいないけれど、
その玉にタッチした瞬間、あなたは大切なものを得た。

つらい思いをした人だけが手にできる「真実の玉」
どんな手触りだい?

人はどんな状態からでも立ち直れる。
そのためにはただ一つ。

「生き続けること」
それだけだ。

月が満ちては、欠けるように。
潮が満ちては、ひけるように。

決して、人生悪いことばかり続くわけじゃない。
どん底を味わったあなただからこそ、次はとても「いいとき」が必ずくる。

だから、さあ、とにかく生き続けよう。
真実の玉に触れたあなたは、幸せを手にすることができるはずだ。

なぜ人に欠点があるのか?

飽きっぽい
これは欠点だと思いますか?

スポーツの指導書によると、幼児や小学生が飽きっぽいのは理由がある。
それは子供は運動神経を発達させるため、いろんな動きをする必要があるからだそうです。
このように人の興味の対象が移り変わるのは、何か必要性があるようです。

怒りっぽい
これは欠点だと思いますか?

文明を築く以前、生存競争に打ち勝って生き残った末裔が、あなたであり、私である。
生き残るためには、相手を威嚇する「怒り」も必要であった。
だから怒りっぽいというのは、生き物として必要性があったはずです。

つまり、欠点と呼ばれているものは、実は生き物としての必要がある習性なのです。

でも、現代において人は精神を獲得し、心豊かで、高い意識を求める存在として今ここに存在しています。
だから、欠点をなくしたい、克服したいと思う気持ちも、また、自然な気持ちなのです。

では、欠点が気になる人はどうしたらいいか?

それは、『欠点が嫌だと思う人へ』のタイトルの記事で書いたとおり、欠点はただ見つめること(意識すること)だと思います。
意識さえしてあげれば、いきすぎたとき、コントロールできます。

そしてまた、他人の欠点についても、生き物として必要な習性と理解し、できるだけ寛大な目でみてあげるとよいと思います。

人付き合いが苦手な人へ(その3)

一人の作家が書いた作品を何冊か読むと、一貫した考え、信念がぼんやり浮かび上がってくる。
同様に一人の人間の考えを知ろうと思ったらある程度たくさん話をしないと知りえない。
だから新たに知り合った人を最初から先入観を持って決め付けないほうがよい。

一方で、初対面の第一印象でいいイメージを感じることもある。
人は、何がしかの雰囲気、オーラを発しているものである。

つまり
いい印象を感じたらそのイメージで人と接する。
悪いイメージを感じても、先入観で決め付けない。

このように、目の前の人を「きっといいところがある」という目で見ることが大切です。
全くいいところがないという人はいません。

もし、ある人のいいところを発見したあなた。
見つけたあなた自身も、見つけたこと自体が「あなたのいいところ」なのです。

占い師のノート

ある日、あなたの目の前に占い師が現れてこう言いました。
「あなたの死ぬまでの人生がここにすべて書いてあります」
そう言って、静かにノート置いて去って行った。

さて、どうしますか?

見てみたい。
いや、見てしまったら生きていく張り合いがなくなってしまうような気がする。
究極の選択ですよね。

この戸惑いに人生の意味を考えるヒントがあります。

未来がわからないから楽しい。
未来が見えていないから、生きていける。

だから、いっそのこと
『わからないことを、楽しむ』
ぐらいに気構えてみてはどうでしょうか。

とはいえ、未来がわからないのが不安な人もいると思います。
その不安を解消したい人は、よろしければ
カテゴリー「不安の解消法」の記事をご参照ください。

ところで、占い師は自分の未来を占えるのだろうか?

物事がうまくいかないとき(その2)

物事がうまくいかないとき。
そんなときは、一気に何かをしようとか、変えようと思ってはいけない。

そんなときこそ、コツコツと小さなことをし続けるのが正しい。
手っ取り早い方法、安易な選択は大抵間違っている。
コツコツと地味な努力をすることって苦痛で退屈だよね。

だから、時に苦痛を感じるならそれが正しいことをしている証拠なのです。

それをできますか?と問われているのです。

感情のコントロール(その1)

人の心は海のようだ。

普段は穏やかな海。ときに嵐で荒れる。
まるで、揺れ動く感情のように。

そして海面だけじゃない。
波間の下、海の中には違う世界がある。
まるで、人の心が奥深いように。

さらに、海には深さ1万メートルの海溝がある。
誰もが見たことがない未知の世界だ。
まるで、人が自分さえ知らぬものを秘めているように。

怒り、不安、恐怖、悲しみ、軽蔑、嫉妬、興奮などの感情。
人は感情に振り回されるとたいてい判断を誤る。
それが悲劇の始まりになる。

心を海とすると、感情は波である。
波は、海そのものではない。
水深の深いところで波が崩れないように、心も深くあれば感情の乱れをコントロールできる。

心と感情を切り離そう。
別物なのだ。
そして、夕凪の海のような心をイメージしよう。
そうすれば、感情に振り回されずに安定した気持ちで生きていけます。

自分の生真面目さに悩む人へ

あるボランティア団体をまとめるSさん。
世の中いろんな人がいるので、Sさんは日々、苦情を言われたり、問題をおこす人の後始末をしたりしている。
実は、Sさんはとってもずぼらだ。時間にもルーズだ。
だけど、だからこそ、何年もにわたり、長い間、団体をまとめられたのではないだろうか。
少々いいかげんなほうが、人間いいのかもしれない。

そうはいっても、自分の気まじめさは簡単に変えられないよ。
うん、わかります。
だから悩むよね。
生真面目な自分はそのままでいいのです。

だけどね、知って欲しいんだ。
Sさんの例のように「ずぼら」とか「いいかげん」なことは、必ずしも欠点とは限らないこと。
いいかげんな人というのは、確かに人に迷惑をかけることがある。
けれど「迷惑をかける」というのも広い目でみれば、「コミュニケーション」のひとつなのです。

このように、できるだけ広くとらえてみましょう。
生真面目な自分の気持ちがすこしずつ楽になります。

他人を許せるようになりたい人へ

私が「このブログに書いてあることは、私が正しいと思っているだけで、もしかしたら間違っているかもしれませんよ」と言ったら、あなたは驚くだろうか?

自分の考えを持っている人には、2つのタイプがある。
1 自分の考えは間違っていない
2 自分の考えは自分が正しいと思っているだけだ

あなたは、どちらですか?

私が、学生時代に、ある先生がこうおっしゃられた。
「このように数式を当てはめると現象が説明できるというだけで、数式が正しいとは限らない」
この言葉には衝撃を受けた。

この世の真実は、見る人によって見方が違い、誰もが自分が正しいと思うものを信じている(真実だと思っている)だけではないだろうか。

物事がうまくいかないのは、自分の考えは間違っていない「頑固さ」に原因があることがあります。

その頑固さが、長所として働くこともあれば、ときにそれが自分を苦しめることもあります。

もし、1の「自分の考えは間違っていない」と思うタイプの人は、
2の「自分の考えは自分が正しいと思っているだけだ」と緩く考えてみましょう。
それが、人を許す、認める(受け入れる)ことにつながります。
そして、あなた自身も自分の苦しみから開放されていきます。

ある修行僧の矛盾

ある修行僧は、「欲を排除したい」と修行を重ねた。
そして、ついに欲を排除できた。
彼はつぶやいた
「ついに、私は欲を排除できた」
長かった修行を振り返りながら、ふと、彼は気がついた。
「おや、私は『欲を排除したいという欲』を満たそうとしていたのか」

そうだ、欲を絶とうとしていることを忘れればいいんだ!
彼はそう思った。

数日後・・・
修行僧は、瞑想していた。
そして、なんのために瞑想しているか忘れた。
彼は完全に欲を経ったのだ。
しかし・・・
彼はこう言った「私は、何でここで座っているんだろう?」

(以上 私の創作話です)

さて。。。
要するに、欲を自ら排除しようと思うのは不可能なのです。
できるのは、「欲が自然に消える」場合だけです。

欲というものは、前回書いたように、風船のようなものです。
自分で、膨らませたり、しぼませたり、コントロールできるようにすべきだと私は考えます。
欲を絶つ必要はなく、風船のようにコントロールできるようにすべきだ。


前置きが長くなりましたが、本題に入ります。

生きるということは何か?いろんな見方があります。

「生きるということは、欲を満たすこと」である。

これも、生きるという一つの側面でもある。私はそう考えます。

人は何か楽しみを持ちながら(したいことを実現させながら)生きていくべきだと。

そういった欲(楽しみ、意欲を自分で見つけ、それを大切にしていきましょう。

人は何のために生きているか?
その答えは、そのあたりにありそうです。
この文章を読んでくださったあなた。いっしょに、考えてみましょう。

プロフィール

ケイン

Author:ケイン
更新は不定期ですが、よろしければご覧ください。

悩みには賞味期限があります。

悩んだ経験はきっとプラスになります。

下のカテゴリーに悩み別に分類してあります。

メール(数字の123を@に置き換えてください)
kein-kein123excite.co.jp

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